アリバイの会社 [ブログ]
ミクシイカラー診断とやらの結果です。
ブルーってサッカー日本代表のカラーじゃん!
ストレスは多いです。でも、みんな似たようなもんだよね
ラッシュ時間東京でカリカリしてない人みたことない。
紫、芸術家肌のマイペースみたいなこと書いてあって
他でもそういう結果だったけれど個人的には経理や税金対策に強い人になりたいなあ。
とある女社長が見てくれた私の手相は良いそうです。。。
ペルソナは面白くなってきた。デビルサマナーソウルハッカーズ
が凄く好き。
アリバイ
ken
2008-03-11 00:27:35 | Permalink | コメント(0) | Trackback(0) |
競馬くんだよ。 [ブログ]
出会うんじゃなかった、相談するんじゃなかった、友達になるんじゃなかった、、、、そんな思いがぶわっと溢れる時があって。
傷が癒える日ってくるのかなあ。。
甘えてばかりじゃいけない。
何かに頼らないと生きていけないときもあるけれど。。。。
突き放すのも愛情。
自分に言い聞かせながら。
さてさてスネ夫ヘアー。。。。
スネ夫の生き方は凄いよなあ、金持ちだしジャイアンを盾にできるし。
髪型は漫画、アニメーションならではだよね。
でも上から見たコマって無かったっけか?
競馬 予想
ken
2008-03-11 00:22:31 | Permalink | コメント(0) | Trackback(0) |
風俗ちゃん最高 [ブログ]
ロンハーを見てて思ったけれど
モナさん男前だった。
カラッとしてて。「あなたのこと大事だから真剣に忠告する」
って感じの言葉がかっこよかった。後、人を大事にする、悩みがあるなら早めに相談してって点も。凄いな、人の悩みを一緒に背負ってしまったら共倒れになるけれど、悩む本人に決断と反省させる言葉を生み出す人って凄いなあと思ってしまった。
時々書くけれど人との繋がりって難しいし悩むことが多い。
重い話ばかりしてたら人は離れていくし、私も重い話やつまらない話、人を傷つける話を聞くのは耐えられない。でも、自分が弱ってる時はどうしたら良いんだろう?
風俗
ken
2008-03-11 00:22:03 | Permalink | コメント(0) | Trackback(0) |
高収入かな〜 [ブログ]
中国の料理は凄く美味しいのに中国産の食品問題が起きて敬遠される。
中国に限らずアメリカの牛肉とか。
日本で起きた日本産の食品に問題はあっても
日本のものを選んでしまう心理はなんだろう。。
生協は大分前に牛乳の問題も起こしていたけれど
生活に密接しているから喉もと過ぎれば忘れられてしまうだろう。
食べないと生きていけないというのも不都合な生き方だよなあ。
さてさて、A代表戦。
ずっと見ていたわけじゃないしざっとしか見ていないけれど
山瀬はオフェンスディフェンスそして得点に絡む!
かなりいい仕事をしていた。
前半点を取れなかったのは仕方ない。実力が下でも内容は拮抗するから。
ボスニアのコンディションが良くなかったけれど
サイド攻撃を起点に点を取れた印象。
予選はいい感じで進められるんじゃないかなあ。。
高収入
ken
2008-03-11 00:18:55 | Permalink | コメント(0) | Trackback(0) |
カナリびっくりしましたょ [ブログ]
ゆうちょ銀行になって、
ATMがゆうこときかないっちょ。
定額預金(貯金)入金には、
手続きがいるようで、
娘のお迎えしてから再び郵便局へ。
なが〜い手続き時間を待って、帰路、
若き男性から名前を呼ばれた。
あらら、マイレガさん。
この偶然の奇跡の出会いは、
郵政民営化のおかげだ。
ken
2007-12-26 14:26:05 | Permalink | コメント(0) | Trackback(0) |
ε-(`・ω・´) [ブログ]
同じ親が大して変わらない環境で育てた男たちは、
全く行動が違う。
長男は、自分を中心に考えて、
前後の人の歩みを見たり、気持ちを慮ったりしない。そして高収入じゃない。
三男は、さりげなくドアを抑えてくれていたり、
心配してくれたりすることが多い。
人の歩みを、見ている優しさのあるなし。
たぶん、将来そのあたりに男としての大きな価値の違いが
できてくるに違いない。そして高収入じゃない。
ken
2007-12-26 13:34:02 | Permalink | コメント(0) | Trackback(0) |
文学の大陸的性格について [ブログ]
『現代アメリカ文学全集』の中にドライサアの「アメリカの悲劇」が出ている。
この間よみかえしてみて、これまでとはちがった新しい感銘をうけた。もと読んだときには、ずいぶん古いことだったけれども、文章のきめの荒さや作者の身についている一つのぬーっとした脂(あぶら)こさが、鼻にぬけるアメリカ英語と共通な反撥を感じさせるようで馴染(なじ)めなかった。今度読みかえすと、やはりこの作品がアメリカを描いた文学として現代古典となる理由がわかった気がした。
アメリカの社会の成り立ちの性質は、この小説の主人公クライドのような貧しい、正統な教育もさずけられていない、孤独な青年の胸のなかにも、出身や栄達の希望と空想とを抱かせる一応のデモクラシーがあるようで、デモクラシーの名とともに燦(きらめ)く富の力はそれらの青年たちのまるで身近くまでちかづいて、クライドのようにそのなかに入ったように見えるところまで来て、さていざとなると、富める者は自分たちの気まぐれな触手をさっと引っこめて、貧しい無援な青年の生涯は悲しく浪費されてゆくことが、「アメリカの悲劇」の本質として描かれている。

ken
2005-12-31 15:56:04 | Permalink | コメント(4) | Trackback(0) |
文学の大衆化を云うのであるならば、 [ブログ]
こういう生活と文学との古風な分離の常套感を、先ず人々の感情から一掃する必要がある。毎日の生活の中へ確かりと腰を据え、その中から描いてゆくこと。自分のこの社会での在り場所を、人及び作家としての気構えで統一的に生き抜き、経験し、そこから作品をつくってゆくことを、自然な方法として示される必要がある。真の文学というに足りる文学は決して文学的なしねくねからは生れない。文学的なるものの底をぬいて、始めて文学に到達し得る。自身を今日の大衆の一人として自覚することの鮮明さ。大衆というものが自分をこめて置かれている今日の在り場所についての客観的な把握。その中からの一人の声としての文学。これが、文学に新しい社会的な命をもたらすのである。こんなことは、もう云いふるされたことのようである。けれども、文学の大衆化が、従来の作家たちの新しい努力の成果への希望とともに、文学の生産者としての大衆に対する倍旧の期待なしに云われるとすれば、結局は健全性を失って、やはり文壇的な一つの風潮として個々の作家にそれぞれの角度で反映するに止ってしまうのである。
〔一九三七年五月〕

ken
2005-12-30 15:55:44 | Permalink | コメント(0) | Trackback(0) |
政治、経済、軍事上に自己を発揮する機会をもっていない [ブログ]
半島の青年たちが、近頃盛に音楽、舞踊、文学の分野に努力を傾けている。この現実と、以上のような青年たちの文学を愛する感情の底にあるものとは、私たちに何事かを考えさせずには置かないのである。
ところが、現在職業をもたなければ、経済的に困る若い人々は、文学との関係で生活感情の分裂、両天びん的困難に陥っている場合が多い。ここでもまだ文学というものが、旧来の型にしたがって考えられており、その人々の一見平凡な勤労的日常とは何かかけ離れた、何か文学的なものによって、何か現実とはちがった色調の空気によって、作品は創られてゆくべきかのように思われている。そのために、それらの若い人々は、勤め先ではここは只月給をとる場所と思い、文学の仕事に向うと、その困難に対して、こんな日頃の生活だからと文学的なるものの欠如を歎く事情におかれ、つまりは自分の生活全般に自信のおき場を失い、人生に向って声をかける手がかりを失うことになっている。

ken
2005-12-29 15:55:26 | Permalink | コメント(0) | Trackback(0) |
文学の大衆化ということについて [ブログ]
真面目に念願する人々は、自然、現在の既成作家の大衆への愛に期待するよりもより分量の多い期待を、大衆の中から新しく生れ出て来ようとする文学に新部隊にかけざるを得ない心持だと思う。
今日まで、いつくかの賞で新人として出された新人の種類でない新人。新人候補としてそれ以前久しく文壇的摩擦をうけた人でない人たち。そういう人を期待する感情がつよい。そのことは、素人作家という未熟練な質と結びつけて考えられ勝で、既に素人作家は御免であるという声もきこえている。
作家であって素人なのは困るけれども、社会生活では大衆の一員として或る一定の職業をもち作家を職業としてはいない若い人々の作品が、その文学的発展の方向において、文壇的ではない、文学的方向に導かれる気風が興らなければならないと思うのである。
現代の青年の間に、文学の仕事を愛し、それをやってゆきたいと思っている人は決して尠(すくな)くない。しかも、その望みの内容というか動機というか、スプリングとなっているものは、嘗てロマンチシズム時代の青年が、新しき世ひらけたり、という風な激情を身内に覚えて芸術を求めてゆくのではなく、勤め先、家庭、この社会での自身の一般的境遇に何か云わずにいられないものを感じていて、そこから文学をやるしかないと思っている人々。又、現代社会の経営的機構は一個のXなる青年の生涯を冷酷な一部分品、しかも消耗したら手軽にいくらでもとりかえることの出来る部分品としてだけ扱っているので、謂わばこの世に自分という人間の生きているという固有名詞をせめて印刷物の上にでも主張したいという、名誉心と云っては言葉が大きすぎるような感情から、比較的個人の才能にしたがって道を拓くことの可能が残されている文学の仕事に心をひかれている人々等があるのである。

ken
2005-12-28 15:55:02 | Permalink | コメント(0) | Trackback(0) |

